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マエストロと十三代目 [芸談]


楽は堂に満ちて (中公文庫)

楽は堂に満ちて (中公文庫)

  • 作者: 朝比奈 隆
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/11
  • メディア: 文庫


マエストロ朝比奈で思い出すのが十三代目片岡仁左衛門丈。
ともに昭和戦後の関西で、お笑い以外の文化を支えたお二人には、いくつか共通点があります。
まさに貴種流離譚ともいえるもので、まず生い立ちですが、マエストロが、日本の鉄道技術の大立者だった渡邊嘉一の妾腹の子で、1908年に出生してすぐに、部下であった朝比奈林之助のもとに養子に出されたことは先に書きました。
一方、十三代目仁左衛門は、戸籍上、十一世仁左衛門の三男(長男、次男は夭折)ということになっていますが、実は安田財閥の二代目総帥であった安田善三郎の子。おそらくこちらも妾腹の子で、1903年に出生してすぐ仁左衛門家に。
お二人とも東京生まれですが、東京高等学校を卒業したマエストロは、1928年にエマヌエル・メッテルに師事するため京都帝国大学へ。そして大学卒業後、阪急電鉄に2年間勤めたあと、音楽を続けるため再び京都帝大に学士入学し、さらに大阪音楽学校で講師をしながら音楽活動を続けて、1940年にはプロの指揮者となり、それ以降も、関西を中心として活躍を続けます。1989年には、長年の活動を顕彰されて文化功労者に、さらに1994年には文化勲章を受章されたのち、2001年に逝去されました。93歳でした。
これに対し十三世仁左衛門は、東京で十一世の薫陶を受けながら修行を続けますが、1934年に十一代目が亡くなると、後ろ盾を失っていわゆる梨園の孤児となり、1939年には、歴代仁左衛門の所縁の地の大阪へ。そして1951年には十三世仁左衛門を襲名しますが、ちょうど大阪歌舞伎の衰退期にあたり、私財を擲って仁左衛門歌舞伎を主催するなどしてその再興に努めます。そして1972年には人間国宝、1992年には文化功労者に選ばれたのち、1994年に逝去、91歳でした。
どちらもご長命で、しかも長く芸道を続けられたお二人ですが、ここまで長く一つの道で研鑽を続けると、その頭上に神が降臨する瞬間があるようで、十三代目の場合、それは1981年、78歳のことでした。
国立劇場で演じた「菅原伝授手習鑑」の菅丞相は、終始気品を失わず、少い動きの中で聖者の人間的な悲しみを描き出し、まさに天神さま、菅原道真が降臨したかと思われる名演で、大向こうから「松嶋屋天神!」の声がかかるほどだったといいます。
十三代目は、普段からこの役を演じるときは「神さま」の役だからと楽屋に天神さまの神棚を祀り、精進潔斎して役に臨んだらしく、まさにその賜だったのかもしれません。
マエストロの奇跡は1975年、67歳のときに起きます。
大阪フィル初の欧州遠征で、ブルックナーの生誕地リンツでの交響曲第7番の演奏会場に指定されたのがリンツ郊外の聖フローリアン修道院。
12歳で父を亡くしたブルックナーが聖歌隊で少年期を過ごし、さらに没後は彼の希望によって埋葬されたゆかりの寺院で、演奏前にマエストロと楽団員は、地下墓地の、パイプオルガンの真下に安置されたブルックナーの棺に詣でています。
演奏は午後4時過ぎに始まり、第二楽章がおわってマエストロが第三楽章のタクトを振り上げたその時、5時を告げる修道院の鐘が、この公演を祝福するかのように遠くで鳴り響きます。マエストロは、振り上げた手を止めて鐘の音に聞き入り、鳴り終わったのを確認すると第三楽章の演奏を始めます。
この演奏会の様子は幸運にも録音されており、LP盤、のちにはCD盤として世に出され、歴史に残る名盤となっています。

ブルックナー : 交響曲 第7番 ホ長調 WAB.107 (ハース版) (Bruckner : Symphony No.7 / Takashi Asahina | Osaka Philharmonic Orchestra) [Live]

ブルックナー : 交響曲 第7番 ホ長調 WAB.107 (ハース版) (Bruckner : Symphony No.7 / Takashi Asahina | Osaka Philharmonic Orchestra) [Live]

  • アーティスト: 朝比奈隆,大阪フィルハーモニー交響楽団,ブルックナー
  • 出版社/メーカー: ALTUS
  • 発売日: 2016/02/22
  • メディア: CD



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コメント 2

hideta-o

hanamuraさま
@ミックさま
鉄腕原子さま
常武鉄道さま
ぷっぷくさま
nice!ありがとうございます。
by hideta-o (2019-10-06 21:54) 

hideta-o

xml_xslさま
芝浦鉄親父さま
yamさま
あおたけさま
ネオ・アッキーさま
nice!ありがとうございます。
by hideta-o (2019-10-06 21:56) 

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